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金剛院城

金剛院城跡


登城日:(2011.06.19)
所在地: 越前市深草2丁目
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
金剛院城の城址碑 金剛院の山門  慧日山と号し、曹洞宗。本尊釈迦如来。
 永享五年(1433)玉翁正光禅師の開山。
 初め安泰寺と号し、平出村にあったが、天正元年(1573)織田信長の進撃の際焼失。丹生郡八田村に移り、さらに同十一年青木紀伊守重治の帰依により旧地に堂宇を再建。慶長十五年(1610)府中領主本多富正によって、青木氏居館跡の現在地に再興され、当院東側には、金剛院門前町が発達した。
 東西六五間、南北七四間の広大な寺域を有し土塁跡など往時の館の面影をとどめる。
 近年珍しい仏足石が境内に奉安された。また、毎年七月十五日行われる七月盆の送り火の行事「たけふみたままつり」は、数千本のローソクのみ明しの中幽玄な雰囲気をかもし出している。

『金剛院案内板』より

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資料
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私見
金剛院奥に残る土塁  青木善右衛門(俊矩?)の居城であった金剛院城は、現在の金剛院が建つ場所にありました。城跡に同寺を移したので、金剛院城という名称は正しいのかな・・と思ったりします。
 城跡らしい痕跡は同寺の奥にある墓地に土塁が見られます。また、お寺の正面に立つ石碑に城名が彫られていますので貴重な撮影ポイントというところでしょうか。そこから山門へと歩いていくといい感じで歴史を感じさせる雰囲気もあり、また立ち葵の紋も趣があります。
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