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枝ノ城

枝ノ城跡


登城日:(2009.04.26)
所在地: 大朝町大字大朝字野田地
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
南方から見た枝ノ城跡 枝ノ城の郭と案内板  枝ノ城跡は、比高が僅かに10メートルばかりという低い丘陵の突端にあって頂上には、一辺が約20メートルの方形と一辺が約15メートル以下の三角形をした郭からなる小さな城跡です。
 しかし、堅固な堀をめぐらしていて、その遺構がうしろ側によく残っています。
 近くには「上堀」、「後堀」という地名が屋号となって残っていました。
 永禄五年(1562)二月、石見国有福の乙明城にいた福屋の軍勢が不意に大朝の領内に攻め込んできたとき、吉川元春に仕えた森脇弥三春近は、この城から出て、大塚で戦ったことが、昔の軍記物に書かれています。
 枝ノ城跡は、戦国時代に築かれた、大朝町にのこる、唯一の館城跡です。

『枝ノ城跡案内板』より

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資料
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私見
枝ノ城跡の堀跡  交差点「大朝インター前」から県道5号線を北上していると右手に段差をもつ丘陵地が見えてきます。道路脇には城跡を示す標識もありますので見落とすことはないと思います。ただ、駐車スペースがないのがネックですね、ここ。
 城跡は斜面に作られた登城道(最近のもの?)を使ってあがると案内板があり、そこの小さな郭と丘陵突端へと延びる一段下に三角形の郭がある程度のこじんまりしすぎたものになっています。ただ案内板の文中にもありますが、堀跡は分かりますね。私が訪れた日は雨と風、特に風が強くて危うく落ちそうになるほどでした。このあたりはあまり構造が複雑でない小さな城跡があるようですので、お気楽に城跡を訪れたい方にはいいですね(^^。私もそうですが。
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