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尼崎城跡
登城日:(2000.10.15)
所在地: 尼崎市南城内、城内中学校付近
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
図書館北西部あたりに石垣と庭園が復興されています  尼崎城は、現在の北城内・南城内の約300メートル四方の地域に築造され、三重の堀を持ち、現在の床下川も西側の外堀として利用されていました。沖から見ると城全体が海に浮かんでいるかのように見え、美しく水に写る姿は「琴浦城」の名称で親しまれていました。本丸(現在の城内中学校付近)には高さ約18メートルの四層の天守閣が築かれていました。
 この尼崎城は、元和四年(1618)から数年かけて、譜代大名の戸田氏鉄によって築城されたものです。
 現在地あたりは二の丸の前の内堀と中堀を結ぶ横堀や「四角堀」呼ばれる内堀と外堀を結ぶ縦堀のあったところで、この付近に「伏見門」がありました。戦国時代までの中国街道が旧町場を抜けて通っていました。

尼崎城跡案内板より

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資料
 

私見
城内中学校南に建てられた尼崎城址碑。  かつては四層もの大きな天守閣を擁した尼崎城も今ではその姿をすっかり消してしまっています。今日は普段めったに行かないような近場の平城を中心に攻めてみました。尼崎城が第一弾です。
 城内中学校を中心に城地であった城跡を目指すために、まずは近くの図書館の駐車場に車をいれました。ここの図書館も西側に石垣や堀を復興させています。なんでここだけなんでしょうね。
 次に、図書館の道を挟んで南側に位置する櫻井神社の前には城址が立てられています。たしかここが三の丸があったあたりだったと思います。
 そして城地の中心であったところ、城内中学校へと向かいます。といっても城であった痕跡は一切残っていません。ただ、中学校の南側に城跡を示す城址碑と説明板がつくられているだけでした。当時は相当立派な城であったようですね。とりあえずあっさりと次へと向かいます。
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