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湯山館跡登城日:(2004.11.07→2010.06.06)所在地: 神戸市北区有馬町 |
歴史 | この石垣は、自然石だけを用いる野面積(のづらづみ)と呼ばれる石積みで、秀吉の活躍した16世紀後半の天正〜慶長年間にみられる特徴的な石垣づくりの技術です。石垣の上面は帯曲輪と呼ばれる幅の狭い平坦面となっており、周囲には、多聞塀と呼ばれる長屋づくりの塀や、隣の部分には隅櫓状の建物の跡が確認されています。 このお寺は、摂取山念仏寺といい創建は天文七年(1538)、現在の伽藍は正徳二年(1712)の再建で有馬では一番古い建造物です。本尊は阿弥陀如来立像で、鎌倉時代の仏師安阿弥快慶の造像です。やさしい慈愛のまなざしを持つみほとけです。 念仏寺は浄土宗のお寺です。合掌し一心になむあみだぶつと唱えるとき諸人の苦はこのみほとけに救われます。寺宝に法然上人画像月輪御影唐絵涅槃像があります。 寺庭に雀石、蛤石があり、また霊木沙羅双樹があり六月半ば純白の花をひらきます。また寺域は北政所館跡といわれています。 『湯山館跡案内板』より
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資料 |
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私見 |
湯山館跡(湯山御殿)とは、秀吉が有馬に逗留する際にいたところなんですね。ただ新たに作られたこの館を利用することはできなかったようです。場所は、有馬温泉街のにぎわった通りを1本奥に入ったところにある極楽寺、念仏寺、太閤の湯殿館などが建つあたりが館跡です。湯殿館は資料館になっていて大人200円です。その前には豊太閤の碑がたてられていました。湯殿館の奥には野面積みの石垣があった帯曲輪跡があり、館跡とは言え立派な城構えを形成していたんだというのがわかります。こんな温泉街の中に城郭遺構が拝めるなんて嬉しいですね。 湯殿館の向かいには念仏寺があり、北政所館跡(太閤小城)と書かれています。秀吉、ねねも有馬の茶色い湯に浸かったんですかねぇ。 太閤の湯殿館の中は、当時の様子を再現されており、石垣造りの蒸し風呂がすごい迫力です。当時はこういうサウナの形式だったのですね。実は前回の訪問時に中に入らなかったのですが、いやぁ入って大正解でした。また、発掘時の調査報告書も販売されていますので、これもお奨めです。また以前は興味がなかった銅像も今はすっかりハマってまして・・。有馬温泉街入口に佇むねね像、秀吉座像はものすごく柔和な表情を浮かべたものとなっていて、親近感がわく作品です。
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