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福井城跡
登城日:(2003.04.03)
所在地: 茨木市東福井3丁目
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
福井城跡案内板  福井城は、山から延びる尾根の先端の台地上に築かれた一種の山城と考えられています。このあたりは小字名として、本丸・城ケ谷・構えなどの地名が残り、亀岡街道から真龍寺参道に入る中間北側が大手跡で、それより北側へ、三の丸・二の丸・本丸・搦手跡と続く、城としての基本的構造をもつものです。『摂津志』によると、福井城は「建武一年(1334)楠正成の築きしものにて、守護代を置き守らしめしという。後、応安七年(1374)頼国当国守護となるやまた守護代をこの城に置く。大永七年(1527)二月、細川高国の代、三好元長に陥らる。」とあります。
 また、「摂津国三島郡福井村新屋神社氏子之図」に、本城跡を「楠公砦城ノ跡」と記されており。この城のことを知る手がかりになっています。

『福井城跡案内板』より

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資料
 

私見
福井城跡石碑  福井城の案内板は簡単に見つかりました。そこから徐々に緩やかな傾斜で高くなっている地形ですが、案内板裏手が三の丸、そしてそこから順に二の丸、本丸、搦手と続いています。ほとんど畑や田圃になっていますので案内板や石碑がなければ城跡であることはまずわからないですね。
 それにしても丁寧に案内板を建ててくれている茨木市教育委員会さんに感謝。
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