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泉原城跡


登城日:(2005.04.17)
所在地: 茨木市大字泉原字殿垣内
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
泉原城跡です。 土塁がよく残っています。  城跡は、大字泉原字上殿垣内に位置し、ここ清渓小学校の敷地を中心として三方に派生する尾根上に築かれた城(砦)です。
 築城の時期は明らかでありませんが、勝尾寺文書の暦応三年(1340)の高山庄雑掌職宛行状案に「泉原左近将監行 親、子息鶴丸」に泉原氏の名前がでてくるのが最初で、これは彼が勝尾寺側に協力したので高山庄の庄官に任ずるというものです。
 附近に散在所領を持つ勝尾寺と結ぶことによって、在地支配力の強化をはかったのではと思われます。
 廃城の時期も不明ですが、勝尾寺文書の中に泉原氏の名前がみられなくなる永禄(1558〜)の頃とも考えられますが定かではありません。

『泉原城跡案内板』より

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資料
 

私見
小学校正門脇に埋もれている城址碑  茨木市北部泉原の清渓(きよたに)小学校の敷地にあったとされる泉原城跡にやってきました。地元のはやま氏の愛車に同乗しての城攻めですので簡単に攻略できました(^-^)
 城跡となる小学校は高台となっており、東側から上って行く地形になっています。手前の畑が出丸跡であり、そこをすぎ正門横に案内板と城址碑がありました。正門から見える校舎がまさに本丸跡とされていますので完全に城跡は破壊されているようでした。
 しかし、小学校の西側にさらに高いピークがあり、そこを登ると土塁が残っていました。ここからは城域を一望できるようになっています。運動会の際にはいい場所かもしれませんね。(^^;
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