
JR関西本線「久宝寺」駅を北に降り、まっすぐにあるいていきます。2〜3分で信号のある交差点に出て、そこをわたると久宝寺寺内町へと入っていくことになります。お地蔵さんが置かれていますのは当時6つあったとされる出入口の一つ「西口」にあたるようですね。ほかにも古口、北口、東口、今口など現在もその痕跡が残っているのは楽しくなってきますね。元禄期の『九宝寺村屋敷惣絵図』や享保八年(1773)の『九宝寺村屋敷新検分間正絵図』と現在の町割りとを比較してもほぼ重なりあっているということですので、見た目にはわかりませんでしたが、改めてじっくりと現状を見れば見るほど当時の様子が浮かび上がってきそうな気がします(^-^;。

すぐに右手に高い土塁跡が残ることに気づきます。これは享保十四年に外郭へ広げられた際の水堀と土塁の一部のようです。土塁の上を歩いて東側から中心地にある顕証寺に到着です。同寺の裏手には古い町並みを今も感じられるよう保存されていますのでじっくりと散策したい気分にさせてくれますね。
また、「まちなみセンター」なる新しめの施設がそこにあり、内部では発掘時の報告内容や各種資料がおかれていますのでとりあえずはここは要チェックです。ちょっと面白いと思ったのは、完全に寺内町の情報だけをクローズアップしており、寺内町内にある久宝寺城についてはこれといって何も書かれたものを見つけることができませんでした。安井氏と寺内町との関係に何か関わりがあるんでしょうか。思わずいらぬ勘繰りをしてしまう私なのでした。