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芦屋城跡登城日:(2000.07.08→2013.08.16) 所在地: 美方郡新温泉町諸寄、城山公園 |
歴史 |
芦屋城は戦国時代の武将塩冶周防守が居城にしていた城で、周囲を断崖絶壁に囲まれた地形は天然の要害となっており、海上交通を押さえるために築かれた城である。芦屋城は、天正八年(1580)羽柴秀吉が但馬を攻めたとき落城した。城主塩冶周防守は、鳥取城主吉川経家を頼り、翌年羽柴秀吉が鳥取城を攻めたとき、再び鳥取の雁金城と丸山城で戦ったがいずれも落城し、自決した。
昭和59年発掘調査が本丸部分について行われ、建物跡や青磁・白磁・天目茶碗、古銭・硯などが多数出土した。 『芦屋城跡案内板』より
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資料 |
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私見 |
芦屋城は、浜坂港の西部に突き出た岬の上にありました。国道178号線を鳥取方面へと走らせ、「浜坂ユースホステル」の表示があるところで右折し、山上まで車で。そこから見下ろす諸寄の港や海が美しい〜。ここはお城に興味のない人もつれてこれますので、ここで待ってもらって自分一人で走って城跡に行くという方法もアリかもしれません。 ということで、車を降りて芦屋城の案内板を確認しつつ、道なりに歩いていきます。夏場で下草も結構伸びてはいましたが、広い通路が作られていますので歩きやすいです。この芦屋城は黙って最後まで行けば本丸なのですが、その南東にある独立したピークが二の丸跡となっています。道なりに右へ緩くカーブをした突き当りから登っていけますが、夏場はちょっとつらいですね。 そして、向きを変えてさらに道なりにその先を目指します。本丸手前でテレビのアンテナが設置されてますが、ここの設備のおかげで歩きやすい道がついてるのかもしれませんね。山頂は、西と北へ伸びた逆L字形のような形状の削平地となっていますが、少し段差もあります。詳しく確認したいところですが、8月に来てはいけませんでしたね。とりあえず浜坂の海を見下ろし、往時とおそらく同じような水面を拝みつつ、流れ落ちる汗を落ち着かせることにします。おそらくは西側に膨らんだあたりが「イツノナル」と呼ばれていたのでしょうか。残念ながら遺構で楽しむことは難しいですが、下草が少ない季節で、いいお天気の日に訪問すれば、また違った感想となりそうですよ。
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