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般若寺城跡
登城日:(2003.12.07)
所在地: 篠山市般若寺
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
篠山市内ではもはや見慣れた城址碑  八上城主波多野秀治が奈良般若寺の僧を招き、大松山般若寺(天台宗)を建立しました。明智光秀が丹波攻めに際して後の篠山に般若寺城を築いたため、天正七年(1579)の攻防戦で同寺も焼失し、その跡に寛永元年(1624)三月、正覚寺が創建されたのです。
 庭園は、昭和四十五年に重森三玲氏が蓬莱神仙を表して作り、竜門式の滝から「龍珠庭」といい、茶室の「蓮珠庵」は、同五十七年に中村昌生博士の設計監督です。「十六善神画像」も有名です。

『般若寺城跡案内板』より

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資料
 

私見
遺構がわかにくいんです。  天正七年に明智光秀が八上城を攻略する際に築城した向城のひとつがこの般若寺城です。近隣にある勝山城も同様です。般若寺城は正覚寺を目指してくるといいのですが、車は少し離れたところに停めないといけません。
 同寺(というか幼稚園)の正面に小さな城址碑と案内板があります。また登城道は右側幼稚園舎の裏手をまわって墓の前を通る道がありました。そこから寺の裏側を一望できますので案内板にあった見事な庭を拝むことができるようになっています。般若寺城があったとされる山はこの寺背後に聳える比高60メートルほどの山なのですが、ここから登ったのでは主郭があった地点へは大きく回りこむことになってしまいます。が、大した距離でもないので気にせず登ることにしました。すぐに稜線上に到達できますのでそのまま傾斜をあがっていきます。12月は邪魔になる下草や虫もいなくて気持ちいいですね。1本西側に大きな竪堀のようなものがありますが人工によるものなのかは怪しいです。というのも山上は自然地形のままかなと思われるところが多く、削平地も見つけにくいんです。あまりこの地での攻防に重きを置いてなかったのかな?と思われるほどです。
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