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岸の砦跡
登城日:(2004.11.18)
所在地: 伊丹市宮ノ前3、猪名野神社
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
神社奥にある土塁跡  有岡城は、伊丹台地の東緑の高台を巧みに利用した平城である。侍町、城下町の周囲を土塁と堀で囲み、町ぐるみを城塞化した惣構(そうがまえ)構造で、南北千七百メートル、東西八百メートルの範囲に及んでいる。要所には、岸の砦、上掾iじょうろう)塚砦鵯(ひよどり)塚砦が築かれていた。
 砦のうち有岡城惣構の北端に設けられたのが、岸の砦である。位置的にみて猪名野神社境内にその場所が推定されている。境内には土塁跡・堀跡が残されており、往時を偲ぶことができる。
 天正七年(1579)、織田信長の有岡城攻めのとき、荒木村重の重臣渡辺勘大夫が守っていた。

『岸の砦跡案内板』より

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資料
 

私見
砦跡とされている猪名野神社  朝も早くからJR福知山線に乗り換え「伊丹」駅で下車、西へ整備された道路を進みます。途中右脇に有岡城跡がありましたが今回はスルーしました。信号を渡って2本目の筋を右折、そのまままっすぐいったところが猪名野神社、すなわち岸の砦跡(北の砦とも)と呼ばれている有岡城の拠点の一つです。神社の北西部奥に土塁跡が見られます。かなり崩れてしまっているようですが、かなり大きいものだったことがうかがえます。
 神社の東側は高低差がありますが、この地形もうまく利用していたのでしょうね。
 朝の人影まばらな綺麗に整備された街路を散策しながら、激しい戦争があった往時に思いをめぐらせていました。って無理があるって(^^;
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