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九鹿城跡
登城日:(2004.08.08)
所在地: 養父市八鹿町九鹿、日枝神社
【歴史】
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【資料】
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【私見】
歴史
九鹿城は、南北朝の時代に伊達貞綱が築城したとされている。小佐周辺の地頭職を奪うべく、建武五年(1338)に小佐に侵入した貞綱は九鹿の丘陵地の突端部に城を築いたのがはじまりであるとされている。
小佐城
の立石五郎との激闘の末、小佐城を陥落したようであるが、その後の伊達氏の消息は不明である。
『日本の中世城館調査報告書集成15』東洋書林刊参照
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資料
私見
九鹿城跡であったとされる日枝神社は県道267号線北に位置し、民家が密集する中、狭い参道として急な石段がまっすぐに伸びています。比高60メートルですから結構高さを感じます。ここから西へと目をむけると小佐城は目と鼻の先だったのでしょうね。今は見通しが悪いですが当時はめちゃくちゃ近くに感じたんじゃないでしょうか。
日枝神社の裏は開拓されてしまっており、当時の状況を感じ取るのが難しい状態です。ただでさえよくわかっていない但馬伊達氏ですが、いよいよ完全に消滅してしまうんでしょうか・・残念です。
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