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三日月藩陣屋跡
登城日:(2003.11.23)
所在地: 佐用郡三日月町乃井野
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
2000年1月の復元状態  元禄十年(1697)津山藩森家改易の後、分家対馬守長俊が作州から移封され三日月藩が成立した。
 郡内唯一の藩として、佐用郡四十ヶ村、揖保郡八ヶ村、宍粟郡十八ヶ村で高一万五千石を領した。
 陣屋は藩主居館を中心に乃井野全体に約三百を数える藩士の屋敷が階層構造を成し、藩主の居館と家臣団の居住区とは門、堀などで周辺地域とは隔てられていた。

◆石垣と堀のしくみ
 石垣と堀は、陣屋が建設された元禄年間(1697〜1700)に築かれました。
 平成八年から十一年の発掘調査により、近世陣屋の貴重な遺構であることがわかりました。
2003年11月の復元状態 ◆石材と石垣
 石材は、町内の自然石(野面石)や割石で、大小の石をうまく組みあわせて「乱積み」や「布積み崩し」で積まれています。
 石垣は、北面の全体と西・南・東面の約三分の一が、当初の石積みです。
 現在の東面は、当初の遺構が道路下から発見されたため、現状保存し、西にずらして新しく積み直しています。

◆堀の水
 堀の水は、石桶や地下伏流水から入り込み、桶から出水されました。
 このような堀の入出水のしくみは、他に事例をみない貴重な遺構です。

◆橋
 堀の底に、橋の柱の一部と土台が発見されました。
 これによって橋の基礎構造が明らかになりました。

「三日月藩陣屋跡案内板」より

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資料
 

私見
周りにも石垣跡が顔を出しています。  4年弱ぶりで三日月町にやってきました。以前は発掘した石垣が組んであった程度だったと思いますが、いつのまにか建物まで建てられてたんですね。たまたま訪れたのが日曜だということもあったのか、偶然にもそこの管理をされている方にお会いすることができました。その方にいろいろお話を伺いながらまだOPEN前の陣屋跡を見学させていただきました。  ここまでお金をかけて復元しようとされていたのには驚きました。が、この森氏の陣屋はかつてはこの復元場所からさらに奥の山間にまで敷地が広がっていました。そこまでやれれば壮観でしょうが、無理、ですよね。
虎口跡とみまごう見事な石垣  そういえば、すっかり忘れていました。この陣屋から見て南側に小高い独立した山があります。この上は現在子供達が遊べる公園となっているのですが、その南東部に石垣が残っています。ちょうど虎口の門跡のようになっているのですが、整備された公園とは対象的に見事なまでに時代が経過した残り具合で、偶然発見した時には衝撃がはしり、しばらくは別の城跡だと考えてしまっていました(笑)。すっかり忘れてしまってましたので、その写真だけ追加しておきます。
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