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松根城跡登城日:(2010.10.10) 所在地: 金沢市松根町 |
歴史 |
松根城がいつ誰によって築城されたのかは明らかではない。加賀と越中の国境にあり、砺波丘陵のなかで再頂部の標高308メートルに構えられており、要害となっている。伝承としては寿永二年(1183)、京への進軍途中に木曽義仲が布陣したというものがあるが、南北朝期の応安二年(1369)九月17日、この城に拠っていた桃井直和を吉見左馬助(得江季員か)が攻撃し落城させたという記録も残っている。また、一説には長享二年(1488)に越智伯耆が布陣したことや、また一向一揆方の勢力が拠り、尾山御坊への越中からの攻撃に備えたものであるという見方もある。
しかし、現在の形状となったのは天正十二年(1584)頃、富山城主であった佐々成政が羽柴秀吉に対立する織田信雄に味方して、秀吉方の金沢城に備えて杉山主計を置いた際のものによるという。しかし翌十三年、成政が秀吉に降伏したため松根城が活躍する機会はなくそのまま廃城となったと考えられている。
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資料 |
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私見 |
松根城は、金沢市の端で富山県との県境にあり、地図で見ればなかなか行けないような場所にありますが、車で行ける道路が城内まで続いていますので安心して登城することができます。ただ注意しないといけないのがその登城道は富山県側にあるものではなく、ゴルフ場(チェリーGC))へ通じる道でもある石川県側のものを使ってください。間違ってもすぐ車じゃ無理なことに気づきます(^^; 往時は小原道と呼ばれる旧街道が城内に通じているのが、この松根城の特徴の1つだったようですが、現在はさらに道路が城内を分断した格好で割込み、駐車スペースとトイレが設置してあります。城域内に突入したことがすぐにわかるほどに遺構状況は素晴らしいのですが、整備により破壊もあったかもしれないなと少し不安になります。 駐車スペースから案内板を見ながら素直に遊歩道を歩いていくと松根城の面白さが半減してしまいますので要注意です。来た道を少し戻って土塁と堀がよく残るところから階段を上っていくことにします。ここは城内でも堅牢さを誇っていた箇所のようで二重馬出し虎口がつくられています。また左手側郭から横矢もきいており、ここを突破するのはかなり困難になりそうです。ただ遊歩道を中心とした整備となっているのか、藪がひどくてせっかくの遺構が非常にわかりにくくなっていたのが非常に残念でした。 あとは尾根上に郭面が続いており、遊歩道には史跡保護のためなのか?表現しづらいですが絨毯のようなものが敷かれています。歩いているとフワフワした感触で違和感があるのと、獣によって所々にめくられた箇所があり、足を引っかけられそうな状態です。主郭周辺もよく残っていて素晴らしいですね。ただ私が訪れた時には斜面が藪ってしまっていることもあり、竪堀や堀切も分りにくい状態でした。眺望も素晴らしく、要害としての役割を現在も果たすことができそうなこの松根城はなかなかお奨めの城だなと感じました。たしかこの訪問の後のニュースで、整備が進む計画である旨を聞いた気もしますので、今後に期待です。ぜひ一度行ってみてください。
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