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三村氏館跡登城日:(2005.04.04) 所在地: 高梁市成羽町成羽 |
歴史 |
天文二年(1533)に星田郷より入部した戦国の武将三村家親が本陣を西之坊において成羽川の北岸成羽の中央の平地に築営した平地城(居館)で成羽城とも呼んでいた。高い土塁(高さ4メートル、巾8メートル)に囲まれその外側には深い壕をめぐらせた広大な中世の居館である。
『三村氏館跡案内板』より
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資料 |
私見 |
6年ぶりに成羽町にやってきました。気が付けばここは高梁市になっていたんですね。おかげで歴史資料館は開店休業状態です(;_;)。 さて、三村氏館(三村氏城)は成羽川を北へ渡り、道なりに折れ曲がった先の左手にある公園が跡地とされています。案内板と井戸と当時の縄張り図がありますので井戸を基点にして当時の遺構が残っていないか軽く散策してみました。 館は南北に長い方形状で周囲を水濠がめぐらされ、その内側に高い土塁がつくられていたようです。特徴的なのは南西部が内部に折れを見せており、そこから大手門となり、右側から横矢をかけられるようになっています。その横矢部分が畑地となっているのですが、石垣がよく見られるのですがなんとも怪しい石垣です(笑)。それに横矢部分の出っ張りが幅が細すぎです。現在の東側の溝までを含むのかな・・と考えさせてくれるだけで平地城館としては十分楽しめるほうですね。また、三村氏は周辺地域にも同様に館をもっていたり関連城跡も備中松山城以外にいくつかありますのでそれらを巡るのも楽しいですね。
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