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佐太陣屋跡
登城日:(2001.06.03)
所在地: 守口市佐太中町7丁目
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
佐太陣屋跡。  この佐太地区は、京都・大阪間の交通・軍事上の要地であったことから、美濃国加納藩(32,000石)の永井氏が貞享年間(1684〜1688)に渚(現枚方市御殿山)からこの地に陣屋を移し、摂津・河内の12,000石を領有支配し、約5,000平方メートルの敷地に屋敷・蔵・牢屋敷等を次々と整備していきました。
 この陣屋は、加納藩の大阪における蔵屋敷の役目を果たし、年貢米の納入はもちろん、加納藩の特産物である提灯もここにいったん集積して大阪の町人に売りさばき金融・物資の調達など加納藩の台所の役割を担っていました。

佐太陣屋跡案内板より

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資料
 

私見
 佐太陣屋跡は来迎寺の南隣に建つ市立老人福祉センターのある場所です。日本城郭体系によるとセンターの四方には残存する石垣があると書いてあったのですが、とても当時のものとは思えない石組みなんですけど・・・。
 しかし案内板がたつところは四角くでっぱった形になっており、そこが門跡なんでしょうね。
 あぁでもよく見たら隣の来迎寺のほうが陣屋跡地っぽいんだけどなぁ・・。

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