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高浜台場

高浜台場跡


登城日:(2009.03.28)
所在地: 三島郡島本町大字高浜
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
高浜台場跡地よりも南西650メートルの地に石碑がありました。  この砲台は慶応二年(1866)十月淀川の守りとして幕府の命により対岸の楠葉砲台とともに築かれたものです。周囲約180メートル高さ2.5メートルの堅固なものであったようです。高浜は藤堂藩が守備し対岸の楠葉砲台は酒井藩が守っていました。慶応四年正月、鳥羽伏見の戦いに楠葉まで退いていた旧幕府軍に対し、新政府方に帰順した藤堂藩は砲撃を仕掛けました。楠葉も応戦しましたが撤退することとなりました。
 砲台跡は高浜と広瀬との境界付近にあり、現在は河川敷ゴルフ場になっています。

『高浜台場跡案内板』より

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資料
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私見
ゴルフ場となってしまった高浜台場  阪急京都線「水無瀬」駅を降り、xを渡ってそのまま住宅街へと続く道路を道なりに10分ほど歩いていくと高浜砲台への案内が出てきました。立派な石碑の脇には「北東へ460メートル」と実際の場所を指示してくれていますので確認しようと淀川の土手上にあがってみます。
 一気に視界が広がりますが、ゴルフ場となっていますので台場の雰囲気はまったくありませんね。ただ地図で見ると対岸の楠葉台場とで淀川を挟み込んだ位置にあることがわかりますので、普通に機能していたら淀川を上っていくことは相当難しかったことでしょうねぇ。
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