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大嶽城跡登城日:(2010.04.03) 所在地: 長浜市小谷上山田町 |
歴史 |
大嶽城は、小谷山の最高所の標高495メートルに位置している。 「長享年後畿内兵乱記」によると、大永五年(1525)には小谷城がすでに築城されており、大嶽にあったことが知られる。 大規模な砦で遺構を見ると本丸・山王丸・福寿丸等の小谷城の遺構を比較して、土塁の作り方などが古い。 天正元年(1573)八月十三日、大嶽城は朝倉氏の援軍が守備していたが、大嶽城の地にある焼尾丸を守っていた浅井氏の家臣浅尾対馬守が織田方に寝返り、織田勢を手引して攻めたとめ落城した。 『大嶽城案内板』より
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資料 |
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私見 |
大嶽城は、麓に設置された大手門のそばから見上げると両翼に支尾根をもつ巨大な要塞のように聳えたった小谷山の頂495メートルの上にありました。まさかここまでは行かないだろうなと思いながら小谷城を登っていきましたが、ついつい引き込まれるようにして登り切ってしまいました。 途中で小谷城を見下ろせる絶好の場所もあり、ここからだと小谷城内の様子が手に取るようにわかるんでしょうから大嶽城が敵の手に落ちたら大変ですね。 なんと言いますか、いい意味で予想をはるかに超えてくれました。すごいじゃないですかここ!大きな郭を中心に土塁が巡らしてあり、西には深い堀切が二重になっています。南には馬出し状の土塁とその先には大竪堀と畝状に竪堀がいくつも見えています。自然と走り出してしまいたくなる遺構の迫力に完全にやられました。縄張り図を書きたくなるお城ですよ、ここは・・。 小谷城の支城という程度の認識でしたが、朝倉氏の手が入ったことで小谷城とはまた違った構造が拝めていいですね。 小谷城に行かれた際はぜひともこの大嶽城、そして月所丸もあわせて行ってみていただきたいと思います。
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