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善得寺城

善得寺城跡


登城日:(2008.12.14)
所在地: 富士市今泉八丁目
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
”伝”善得寺城跡です。(^^;  善得寺城は応永十四年(1417)、今川範政により、当時富士川以東一の大寺院で、後に今川、武田、北条の三将会盟の舞台となった善得寺に併設され、今川氏の軍事、政治的拠点の役割を果したが、永禄十二年(1569)、武田氏の駿河侵攻で焼失した。
 現在、城の所在地、構造規模等、明らかでなく推定は難しいが、この上和田付近を城山とよび、また鍛冶町の地名の名残りと周辺地形から、本石垣も含めたこの一帯に善得寺城が存在したものと思われる。

『善得寺城跡案内板』より

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資料
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私見
 薄闇迫る夕刻に住宅地の中にある善得寺城跡を訪ねました。丘陵突端部を利用して建てられたとされる同城は、今川氏の支城ののち後北条氏の攻略を受け北条方のものとなったようですね。それが「河東十二塁」の一つに数えられ、富士郡一帯の押えとされたいた(『日本城郭体系』参照)ということです。
 ところで案内板がある場所には石垣が門跡のようになっておりなんとも怪しいですが、これらはどういう目的で造られたものだったのでしょうかねぇ(^^;。
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