内原城跡 登城日:(2001.02.11) 所在地: 麻植郡鴨島町内原 |
歴史 |
鴨島町内原にある荒神社から国道192号線との間一帯が内原城があったところだとされている。 はじめて築城したのは蓮池清助であり、天文二十一年(1552)、勝瑞城主細川持隆が家臣三好義賢に攻められて自害したとき、これに殉じて自刃した。その後、紀州の石田彦六が城主となり、三好康長(笑岩)に仕えた。その子佐兵衛尉は信濃上田で戦死し、孫の菊太夫吉近は内原と姓を変えたが、天正七年(1579)十二月、脇城外の戦いで戦死した。吉近の子は以後石田の姓に戻し、蜂須賀氏時代以降は庄屋となり、だいだいそのあとを継いだ。 参考文献:新人物往来社刊『日本城郭体系15』
|
資料 |
私見 |
まったく城とはわからないシリーズが続いてます。それにしても武将が庄屋となって代々繁栄したなんて・・おもしろい末路ですね。 それにしても・・この徳島城攻め編・・おもしろくない(笑)。
|