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赤碕台場跡登城日:(2006.07.16) 所在地: 東伯郡赤碕町赤碕 |
歴史 |
赤碕台場は、久三年(1863)、沿岸防備の為に鳥取藩が築造した台場の一つである。守備は武信佐五右衛門がその任に就き、民兵を組織して警備にあたったとされている。台場の形状は前方が半円形で後方がそれが欠けた状態で、備砲として鉄造十二炮一門、御銘入鉄造五寸径炮一門、鉄造三斤炮一門の三門が設置されていた。
『日本城郭体系14』新人物往来社刊参照
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資料 |
私見 |
JR「赤碕」駅から真っ直ぐに海へと進み、国道9号線も越え突き当たりを左折。すぐ右手に大きな空き地がありますがここにはかつて縫製工場がありました。そして1軒家があり、さらにその西に漁業センターの工場があります。両工場の間にちょうど台場があったそうで、現在は完全にその姿を消滅させてしまっています。ほかの台場跡に比べ扱いが寂しすぎるのですが、規模もかなり小さなものだったのでしょうか。地元で台場のことを知る人を捕まえることはできませんでした。
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