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石井垣城跡 登城日:(2004.03.20) 所在地: 西伯郡中山町赤坂 |
歴史 |
元弘三年(1333)船上合戦当時、伯耆国の守護代糟谷弥二郎元覚が当城に拠っていたが、名和長年軍の攻撃により炎上、糟谷氏滅亡ののち箆津豊後守敦忠の居城となる。 中世城郭事典に、「この城は因幡に類例のない複郭式で遺構完存の城跡」とある。城域は、南北5000メートル、東西300メートルの広大な地積に及んでいる。 『石井垣城跡案内板』より
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資料 |
私見 |
地図に載ってたので少し足を伸ばして西伯郡にやってきました。甲川と春日神社がランドマークとなっているので簡単に見つかるだろうと思っていましたが、案外到着するまでに苦労させられました。 しかし、甲川を渡ると広いスペースに出ますので駐車には苦労しません。そこに案内板がありますのでだいたいの城域を把握してから散策開始です。 まずは左側の春日神社からです。ここも城域だったということですが、ここからほぼ同じ高さで二の丸、本丸へと続きます。途中堀切がありきっちり郭がわけられていますが。 また案内板のあるところに戻ってきました。こんどは郭に踏み込むのですが、ここは比高2メートル以上の急斜面をよじ登らないといけません。足をとられそうになりながらなんとか郭跡へ。するとそこには綺麗に区画化されたように郭が分かれているのが残っています。だいたいは藪が生えていてあまり手が入っていない感じではありますが、方形状の郭が綺麗に残っていました。これが『複郭式で遺構完存』なんですねぇ。 しかしどうでもいいけど、因幡じゃなく伯耆だと思うんですが。
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