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上山城跡 登城日:(2002.05.20) 所在地: 上山市上山 |
歴史 |
![]() 永正十一年(1514)、同十七年(1520)伊達氏上山を攻撃。この頃、城主は上山義房。 天文の頃(1530)新たに現在地の天神森台地に平山城が築城され、月岡城と呼ばれた。 天亀・天正の頃(1570)伊達輝宗度々上山を来襲、城主上山満兼から里見氏部に代わる。 慶長八年(1603)、長谷堂城主坂紀伊守光秀、続いて元和二年(1616)最上義光の五男上山兵部光広(3万石)が城主となる。 元和八年(1622)最上家改易になり松平重忠(4万石)、次いで寛永三年(1626)蒲生忠知が入封するl。 寛永四年(1627)山形城鳥居氏の管轄となるが翌五年(1628)土岐頼行(2万五千石)が入封する。 元禄五年(1692)上山城は革命で廃城となるが、城郭として最も整備なるのが土岐時代である。 元禄五年(1692)金森頼時(3万八千石)、代わって同十年(1697)に松平信通(3万石)が入封するが、城は再建されることは無かった。 堀は、明治時代に町造りのため埋め立てられて城西側にわずかに名残をとどめている。 『上山城跡案内板』より
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資料 |
私見 |
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