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垂井城跡
登城日:(2004.10.09)
所在地: 不破郡垂井町
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
垂井城跡とされる専精寺  ここは、関ヶ原合戦に活躍した西軍の武将平塚為広の居城跡といわれています。
 平塚為広は、豊臣秀吉に仕え、一万二千石の垂井城主となりました。大谷吉継と西軍に属し、伏見城の戦い、大垣城の譲渡交渉などに活躍し、決戦当日には、病気の吉継にかわり、大谷隊を指揮しました。小早川秀秋隊が西軍を裏切り大谷隊へ攻めかけると、為広は大長刀を振り回し、小早川隊を再三追い返しましたが力尽き、山内の家臣樫井太兵衛に討たれました。
 敗軍の中、辞世の歌を大谷吉継に送っています。
 名の為に捨つる命はおしからじ
 ついにとまらぬ浮世と思えば

『垂井城跡案内板』より

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資料
 

私見
垂井の泉  垂井城跡とされる専精寺はJR「垂井」駅から西へ500メートルほどのところにあります。『垂井の泉』のある玉泉寺より高台になったところにあり、そこまで車であがれるようになっていました。
 城址碑と案内板のみの城跡でしたが、高台にあがるまではそこが城跡であることはまったくわかりません。私はなんとなくそこしかないだろ、という気で行ったのですが、もし行かれるのなら『垂井の泉』を目指していってから、そのすぐ北側の高台にあがってみてください。
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