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蟇浦城跡


登城日:(2005.07.24)
所在地: 淡路市野島蟇浦
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
蟇浦城跡とされる丘陵地  蟇浦城の築城時期は不明である。大永年間(1521〜1528)に蟇浦藤次常利が阿波の三好元長の家臣として1000石で在城していた。元長の信頼も厚い常利を妬んだ他の城主の讒言により、常利は蟇浦城の開城を求められた。しかし、一切やましいところがない常利は頑として聞き入れず、ついには知行差し止めとなり、浪人となってしまった。
 その後、炬口城主安宅監物の子次郎三郎が三好元長に謀反を企てようとしていることを耳に入れた常利は、浪人の身であることも忘れ浦壁の城主島田遠江守と共に炬口城を夜討ちした。城主は不意をつかれ由良城の安宅冬宗のところに逃げ延びた。これを知った元長は自らを恥じ、常利を元の蟇浦城に戻した。

『北淡町誌』参照

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資料
 

私見
 蟇浦城跡とされる場所は県道31号線脇、海とは反対側にある高台の上にありました。現在は民家がたっていますが往時は4段の丘陵地として存在していたようですね。無実の罪で追放され浪人となってもなお主君の為を思うなんてその心意気に惹かれます。それに浪人の身でありながら炬口城を落としてしまうなんて、凄まじい武者ぶりですね。蟇浦氏については初めて知りましたがこんな無名の地にも”漢”がいたんですねぇ。(^-^
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