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国分寺構跡


登城日:(2005.09.11)
所在地: 姫路市御国野町国分寺
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
道路西側にある堀跡とわかる水田。  国分寺構は、『飾磨郡誌』によると御着城小寺氏の支流である原田某がここに構えていたが庄山城の戦いにて討ち死にした、とある。

『日本の中世城館調査報告書集成15』東洋書林刊参照

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資料
 

私見
道路西側にある堀跡とわかる水田。  国道2号線「御国野」の信号を北へ約500メートルくらいでしょうか、スーパーの駐車場に車を停め、少し戻るようにして国分寺構跡を散策します。城域は道路により分断されていますが、かつての堀跡であるとわかる水田や畑が見事にその形状を維持しています。東西に100メートル、南北に60メートルの規模の方形城館の構跡はまさにこのあたりを構というんだそうです。
 道路は南東から北西へ構内を斜めに分断していますので道路からではまったくわかりませんが、西側の路地に入り込むと幅3〜4メートルの細い水田として一段低く残っています。また、南側には現在も水が流れる水路として、そして道路をまたいで東側はやや壊されていますが畑として残っています。東側は比較的新しい住宅街ですが、住民の方はここがお城跡だったなんてご存知ないでしょうね。
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