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丹生山城跡登城日:(2009.01.01) 所在地: 神戸市北区山田町坂本、丹生山 |
歴史 |
天正六年の三木合戦の折、花熊(花隈)城との連携や、兵糧の運搬のために丹生山には砦が築かれ、近隣の野武士や農民ら500名余、及び備中勢の中島左京、祢屋与七郎、日幡八郎左衛門、生石中務らが300騎を従えて籠城した。これに対し秀吉は籠城する近隣の農民の妻子をいけどり、城内から内応させることを強要した。内部からあがった火により丹生山城は混乱に陥り、落城となった。
『新釈備中兵乱記』山陽新聞社刊参照
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資料 |
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私見 |
丹生山城は、神戸電鉄有馬線「箕谷」駅から神戸市バスに乗り換え、「丹生神社前」バス停で降ります。そこから北北西方面へ約2.5キロメートル行ったところにある丹生山(標高515メートル)の山上にありました。 かつては明要寺があり、古くは南北朝期より戦乱に巻き込まれていましたが、天正六年(1578)の羽柴秀吉による三木城攻め(三木合戦)の際に再び歴史の中に登場してきます。別所長治の籠る三木城をぐるりと周囲に陣城(戦のための臨時の城)と土塁(土を盛った防塁)を構築して兵糧(食料など)が外部から三木城に運び込まれるのを防いだ秀吉でしたが、そんな包囲網をくぐり抜けて兵糧を運びこんでいたのが、ここ丹生山城を経由したルートでした。お城といっても実際は山岳の寺院が要塞化したものだったと思われますが、地の利を活かした要害だったことでしょう。 現在は神戸市が整備している「太陽と緑の道」が一部走っているのもあり、非常に楽な行程です。丹生山の中腹からは急なつづら折れの道が続きますが、それでも登山道として整備されていますのでおそらく年中登っていけると思います。 山上には、かつての戦いの跡なのか石垣とおそらく僧侶や別所方に味方する地元の方が留まっていたであろう広い平坦な場所が残るのみです。その奥には丹生神社が置かれ、そこからの眺めは東から南方面へかなり遠くまで見渡すことができ、爽快です。健脚な方は、ここから東へと連なる山系を縦走し(帝釈山〜稚児ヶ墓山〜花折山〜金剛童子山)約六時間のコースで神戸電鉄有馬線「谷上」駅に到着することもできます。 私は今年の1月1日に初城攻めと初詣を兼ねて、丹生山城を走って登り降りしましたがかなりいい運動になりました(もうしませんけど)。道中は非常に多くの道標があり、迷うこともなく行けると思います。
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