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向島城跡
登城日:(2003.08.31)
所在地: 京都市伏見区向島本丸町
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
本丸町付近  慶長元年、豊臣秀吉は伏見城の目と鼻の先、宇治川を挟んだ向島に”月見の城”として向島城を築城しました。本丸、二の丸、三の丸、馬場と四つの郭が独立して橋で行き来する構造になっていたことがわかっているが、完全に秀吉の別館のような意味合いのものだったと考えられている。
 やがて元和六年(1620)に伏見城とともに廃され、その廃材が東本願寺の建立に利用されることとなった。

『京・伏見歴史の旅』山川出版社刊参照

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資料
 

私見
 伏見城から見て宇治川越しに造られた秀吉の遊山所として、向島城は誕生したようですね。宇治川に架けられた御殿の長廊下のような屋根のある豊後橋を渡って行き来したらしいです。現在は完全に宅地に埋没してしまい、名残は「本丸町」、「二の丸町」の地名にとどめるのみとなっています。向島城の廃材が東本願寺建立の際に使われたようなのですが、残念ながら平成二年の建て替えにより、完全に向島城の姿は消滅してしまいました。といっても東本願寺は明治に焼失し、その後再建されていますので、少なくとも平成二年まで廃材を使っていたことはありません。(ここをご覧の方から情報をいただけました。ありがとうございます。)
 24号線を軸として付近を車で散策しましたが、道路のあまりの狭さに辟易しながらハンドルを握っていました。もうここには”月見の城”という風流さは私には全然感じられません(笑)。
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