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妻山城跡登城日:(2007.10.14) 所在地: 杵島郡白石町大字馬洗2488のイ、妻山神社 |
歴史 |
妻山神社の祭神(主神)は抓津姫命(つまづひめのみこと)であるが、創建時期は明らかでない。南北朝時代には南朝方の拠点としてたびたびの兵火に見舞われ、慶長十二年(1607)に須古初代邑主龍造寺信周が神殿を再建したといわれている。 石段の登り口にある一の鳥居は、須古第五代邑主鍋島茂俊の時の建立、石段の上位にある二の鳥居は、須古第二代邑主鍋島信明の時の建立である。 この二つの鳥居は、笠木・島木・貫及び柱がいずれも三本継ぎで、柱が下部になるにつれて次第に太くなるという、肥前鳥居の特徴を備えている。 町内に存在する肥前鳥居の中でも、最も美しいもののひとつである。 『妻山神社案内板』より
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資料 |
私見 |
須古城や杵島城に隣接するようにして妻山神社の前に妻山城の石碑を見つけたので行きがけの駄賃とばかりに撮影しておきました。須古城の案内板には妻山城の記述はありませんでしたので時代が違うんでしょうね。妻山神社の案内板にもあるように、南北朝期に利用されたものなんでしょう。 神社境内はやたらと長いまっすぐ伸びた構造をもっており、どうやら流鏑馬が行われるようです。城跡よりもそっち方面で有名な場所なのかもしれませんね。また案内板にもありましたように、鳥居が特徴的だとか。あらためて写真で確認しようとしたら鳥居の写真が一つもありませんでした(;_;)。城址碑の写真ばっか撮ってる場合じゃなかったですね。
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