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石田本陣跡
登城日:(2003.01.25)
所在地: 行田市渡柳、丸墓山古墳
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史 巨大な円墳として残る本陣跡  丸墓山古墳は、わが国最大の円墳といわれています。墳丘と堀の一部が復原されていますが、もとの形をよく残しています。
 遺骸を納めた埋葬施設はわかっていませんが、今までの調査によって、墳丘の表面をおおっていた石(葺石)、円筒埴輪や人物埴輪が発見されています。
 これらの出土品から、丸墓山古墳がつくられたのは、六世紀の前半と考えられます。
 天正十八年(1590)に、石田三成が、この古墳の南北に堤(石田堤)を築き、忍城を水攻めにしました。古墳から南にまっすぐのびている道路は、この堤のなごりです。

『丸墓山古墳案内板』より

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資料  

私見 本陣跡からの眺望、中央は石田堤跡  丸墓山古墳は、直径102メートル、高さ18.9メートルの規模を誇る巨大な円墳でした。古墳を城地に利用するのはよくありますが、この丸墓山古墳は城跡といいますか、本陣跡というイメージがとても想像できませんでした。まわりにも小ぶりな古墳が残っていますし、これらも利用した立派な陣城を構えていたんでしょうかねぇ。
 古墳の最頂部にのぼりますと、忍城の御三階櫓が視界に確認することができました。まさかあんな遠いところまで堤を作ってたの?ととんでもないかつての大土木事業に驚かされたのでした。
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