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沖洲台場跡登城日:(2008.07.26) 所在地: 徳島市南沖洲 |
歴史 |
沖洲台場は、徳島藩によって築造された砲台場の1つである。津田台場の副台場として対岸に築かれた。その規模は高さ一間、幅十間、備砲は唐金の鋳物で長さ約一間のものが五門あったという。台場の後方には付属の建築物と西側に出入り口として釘貫門が設けられていた。
『城郭・陣屋・要害台場事典』東京堂出版刊参照
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資料 |
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私見 |
沖洲台場があったとされる場所は東へ突き出した沖洲という場所ですが昭和49年度の空中写真を見ても今とあまり変わらない様子です。海からは少し奥まったところにあるようですのでどれだけ実用的なものだったのか疑問ですが、幕末の頃は地形もずいぶんと違ったものだったのでしょうか。場所は小さな公園となっているということで、『城郭・陣屋・要害台場事典』に載っている写真を見て特定させてみました。うっすらと残る松林が植えられたカーブがかつての地形だったのでしょうか。今では完全に消滅してしまっているようでしたが・・・。
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