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昼飯山城

昼飯山城跡


登城日:(2013.04.29)
所在地: 鳥取市浜坂東1丁目
 
【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
昼飯山城の主郭土塁  昼飯山城の詳細は不明であるが、天正八年(1580)の羽柴秀吉による鳥取城攻めの際の羽柴方の陣城の1つであると考えられている。頂部に残る土塁囲いの郭のほか、発掘調査によって竪土塁が見つかったが現在は埋め戻されている。

『鳥取城研究調査年報4号』鳥取市教育委員会刊参照

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資料
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私見
昼飯山城の主郭土塁 昼飯山城の東方より  昼飯山城は、久松山から北北西方面約2.3キロの丘陵上にありました。以前も狙ったことがあったのですが、どこから踏み込めばいいかわからず断念してしまっていました。今回改めて近づいてみますと、配水池の脇から踏み込むことができました。東西に延びた城域は西へ進むに従って段差のある郭が5段ほど。土塁で囲まれたものもあり、予想していた以上に遺構がよく残っています。主郭部は南に虎口をもち、土塁で囲われています。主郭周りは帯曲輪状となっており、南側は土塁と虎口がありさらに南へと続いています。とまぁ・・現地では分かるのですが写真だとなんのことやら・・。狭いエリアの中に細かく郭が区切られているので、少し引いて撮ろうとすると木々が邪魔となってよく分からなくなってしまいます。ここは是非現地で確認いただくしかないですね。
 また、東側の斜面には長い竪土塁が2つあったそうなのですが、発掘調査のあと埋め戻されたようですので見に行っていません。また竪土塁の脇には段々と郭があったそうなのですから、当時はかなり複雑な構造を持つお城だったのですねえ。ビックリです。
 鳥取市内には、この昼飯山城のように鳥取城攻めの頃に造られた陣城が多数残っていますので何度来ても楽しめる場所ですね。
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