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市場城跡


登城日:(2007.04.08)
所在地: 倉吉市小鴨
 

【歴史】 | 【資料】 | 【私見】

歴史
案内板裏にある丘が城跡。土塁と空堀が残る。  小鴨氏の居城であった岩倉城の出城で、小鴨氏の家来、岡田某氏がいた、ということである。
 天正十年(1582)五月、吉川軍に攻められて落城し、本城の岩倉城と共に廃城となった。(伯耆民談記による)
 文政元年(1818)鳥取藩が調査して作成した古図が残っている。

『市場城跡案内板』より

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資料
 

私見
畑となっていますが、周囲は土塁と空堀が。  岡山県の蒜山高原から国道313号線で鳥取県に入ってきました。関金町を抜け、倉吉市街へと向う途中でふと道路脇にある小さな標柱「市場城入り口」が目にとまりました。すぐさまハンドルを左へ切って、狭い路地に飛び込みました(笑)。集落の中に入るとすぐ左折し、そこでさらに城跡を指し示す標柱がありました。右折しその先の春岳寺を左に見ながら直進すると小高い丘が迫ってきます。その手前には大きな案内板が設置されているではないですか!予備知識はありませんでしたがかなり親切に城跡へと誘ってくれることに驚きました。
 車をとめ改めて案内板の文章に目を通します。岩倉城の出城というのはわかりましたが、その横に書かれた古図の見取り図がまったく何が書かれているのかわかりませんでした。江戸時代に鳥取藩がこの城跡を調査して書いたものだということですが・・・普段目にしている縄張り図とは雲泥の差ですね(笑)。
 さて城域には東側から踏み込むことになります。その前に右手に土塁があり、どうも空堀が間にあるようだと気が付きます。こんな平坦な田圃が広がる中でしかもほぼ高さが同じだということにどうも違和感があります。
 郭にあがると、二段の段差をもつ畑地となっていました。どうやら三方を土塁が囲んでいるようですね。そしてその外側には空堀が・・って書くとすごい遺構が残る城跡なんですが、きっと案内板がなければ見過ごしてしまいそうです。
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